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「いただきます」と言って昼メシを食おうとしたら、「自分で金払っているのに『いただく』って変ですよ」と後輩に言われた…TVの中だけかと思ったら、こういうの本当にいた。 俺は言った。 「キミが食おうとしているのは金だ。俺が食おうとしているのは命だ。この意味くらい分かるだろ?」
Twitter / ichi301 (via katoyuu)
sukoyaka:

-Risa

sukoyaka:

-Risa

いいか、しんのすけ。
正義の反対は悪なんかじゃないんだ。
正義の反対は「また別の正義」なんだよ。
昔、ひよこ売りのおじさんが言っていた。「世の中には2種類の大人がいる。きっちり責任をとる大人と、責任をとろうと頑張ってる大人だ。」と。「責任をとらない大人もいるよね?」の問いに対する答は「そんなのは大人とは呼ばねえ、無駄に歳食っただけのただのクソガキだ。」と。
Twitter / @tkmtsng (via katoyuu)
明治大学が新入生に向けた「Twitterによる未成年飲酒発覚とその対策について」みたいなプリントの対策内容が「未成年は飲酒しないこと」じゃなくて「Twitterのアカウント名を本名にしないこと」ってなってて、笑いすぎて内蔵が飛び出そうだった
Twitter / @ss_bml_12481632 (via n13i)

正しい対策w

(via hexe)
Q. 好きな人に告白する言葉を教えて (小6・女の子)
A. 永先生:言葉は一番大切です。でも、好きな人に「あ、この子好きだな」とか「いい人だな」と思われるには、「おなべをいっしょに食べて同じものをおいしいと思う」、「夕やけを見て、両方が美しいなと思う」というような同じ感動を同じ時点で受け止めるのが一番効果があります。
例えば、「いただきます」とか元気な声で言っていると、それだけで「あの子いただきますって言ってるな。きっといい子なんだろうな」と思うじゃないですか。「あなたがすき」ですとか、「キミを僕のものにしたい」とか、「世界のどこかで待ってる」とか、そういうのはあんまり効果がありません。
「きれいだな、おいしいな、うれしいな」ということが同時に感じあえる環境が一番大事。だから、「好きです、嫌いです」という言葉ではなく、いい言葉を使っている子は好きになれる。「あの人ならこの言葉は好きだろうな」と思った言葉を何気なく使っているときの方がドキンとします。「あなたが好きです」というのは最悪な言葉です。
だから、いっしょの環境にいるときに同じ感動をする場面に出来るだけいっしょにいる。スポーツの応援でもいいです。そうすると、使いあっている同じ言葉にドキンとすることがあって、それが愛なんです。
自分でいうのもおかしいけど、ひとりでご飯を食べてておいしいことないです。ひとりで野菜を食べているときは本当にさみしい。やっぱり家族、好きな人といっしょのほうがいい。二人っきり、まずはふたりになること。きれいな言葉を使いあうこと、きれいなことに感動すること、ふたりで声をそろえて感動してください。

全国こども電話相談室[その他] (via jinakanishi)

素晴らしいなあこれ。

そして12歳でこんな言葉を聞けるのも幸せなことだとおもう。

(via wrigley, moriyak) 2008-12-11 (via gkojay)

(via isitose) (via hetaremozu) (via to-fuya) (via sryuuki) (via sw0oord) (via tsukaman)

(via otsune)

すばらしいなーこれ。自分が情けなくなってきた……こういうのもっとだいじにしよう。。

(via mkk39) (via yellowblog) (via phase-dance) (via usaginobike) (via kagit) (via usaginobike)
頭の中のハムスターが死んだので、僕の脳みそはもう回りません。”という小学生の書いた詩を読んで震える。 福岡県 たか
どうして、そんなにものを知らないのかと訊ねると、破顔一笑して、「いやあ、大学では全然勉強しなかったですから」と誇らしげな様子をする。
どうして、勉強しなかったことをこれほど自慢するかというと、それでも超一流校の学位記を獲得した自分のふるまいが「クレバー」だと思っているからである。
だって、わずかな苦役で大きな報酬を手に入れたわけだからである。
「ぜんぜん勉強しないで東大出ちゃいました」というのは、キーボードをちゃかちゃか叩いただけで1分間で数億円稼いだとか、1000円でベンツを買ったとか、それに類する「スーパー・クレバーな商品取引」なのである。
消費者マインドに立てばそういうことになる。
「学校なんかぜんぜん行ってねっすよ」「教科書なんか開いたことない」「試験なんか、ぜんぶ一夜漬けで、あとカンニング」というような言葉が「ほとんど誇らしげ」に口にされるのは学校教育で競われているのが「何を学んだか」ではなく「いかに効率よく競争に勝つか」だと彼ら自身が信じているからである。
費用対効果教育 (内田樹の研究室) (via fialux) (via vmconverter)
2008-11-18 (via gkojay) (via usaginobike) (via noriwow) (via edieelee) (via kannodk) (via theemitter) (via gonfreak) (via edieelee) (via kanpo0324) (via oharico) (via chipon) (via cherub69) (via writerman-js) (via peckori) (via toyolina) (via joodle)

なにに価値を置くかでは。「競争に勝つこと」に価値を見出すならそうなるでしょうなぁ。

(via bgnori)
dtybywl:

2012年YMO全員還暦越えハンバーグの会

「イケメンじゃないから人生終わりだ」
「体が大きくないから人生終わりだ」
「金持ちじゃないから人生終わりだ」
「天才的才能がないから人生終わりだ」

バイオリンの4本の弦のうち1本が切れた。だがそのまま最後まで演奏した。それが人生なのだ。
1本の弦が切れることも、残りの3本の弦で最後まで弾き終えることも。
.                                ハリー エマソン フォスデック

最初から最後まで自分の人生が花で彩られてないと不満なのか。ずいぶん贅沢な話だな。
自分の小さな上達をなぜ素直によろこばないのか。他人の人生なんて、どうやっても正確には
見ることができないってのに、なぜそう比べたがるのか。